PROSERPINA

白い染み

 ふっと意識が浮かんで、ティトォは重い目蓋を開いた。

(あ)
(まだ生きてる)

 着替えさせてくれたばかりなのだろう、布団の中で身体にあたる寝間着はまだほんのりと湿り始めたばかりだった。ぜいぜいと大きな音がする。最初はその音が何なのか、どこから出ているのかがわからずに彼はぼんやりとした頭でしばらく考えていたが、胸に痛い痰がからまる咳をした瞬間、そうだった、自分の呼吸音だと思い出した。
 額には濡れたタオルがぺっとりと張り付いている。冷たかっただろうタオルは高熱のせいで温まって、ティトォにはそれがまるで拷問器具のように感じられた。――気持ち悪い。不快感にぎしぎしと鳴る身体をよじると、頭が横を向いた拍子にタオルがぺらりと剥がれてシーツの上に落ちた。ほっとして(呼吸は相変わらずだったが)目蓋を閉じると、熱で潤んでいたのか、体温と同じ温度のせいで皮膚の上を流れていく感触しかない涙が、つうっと滴った。涙は枕とシーツにしみこんでまるく染みを作る。流れ落ちる涙はそのままにしてティトォがもう一度目を開けると、ベッドから少し離れたテーブルに、サンがつっぷして眠っているのが目に入った。ティトォはぱたぱたと涙を零しながらサンを眺めていたが、やがていたたまれなくなって、再び目蓋を閉じると顔を天井に向けた。

(まだ生きてる)
(――でも、もうすぐ死ぬ)

 何十回目の『死』だったろう。平時だったらぱっと浮かぶ数字が、サンの持ってきた菌によって引き起こされた熱に邪魔されて浮かばない。――自分の脳内なのに、思い通りにいかないなんて。他のことならいくらでも思い通りにならなかったけれど、彼自身の頭脳だけはいつだって彼の味方だった。彼の思うとおりに動いた。それが、今ティトォを裏切っている。

(嫌だなあ)

 脳が上手く働かないこと。今こんなに苦しいこと。自分が死んだ後、サンが落ち込むかもしれないということ。多分出てくるアクアにサンがこき使われること。

 ――"また"死んでしまうこと。

 何十回と経験したって、死は死でしかない。死はいつだっておぞましく彼らの心を支配して、壊す。アクアのスパイシードロップみたいに。粉々になって砂になって風に吹かれて、でも彼らの身にかけられた呪いは、ばらばらになった心を集めて、また再構築させる。延々と繰り返される命の拷問。何回繰り返したって、苦痛は苦痛でしかなく、和らぐことはなく、むしろ痛みはだんだんと重りを載せられていくように酷くなっていく。

(――生き続ける)
(――死に続ける)

 ごめんね、ごめんね。ティトォは心のうちで繰り返した。ごめんなさい、君のせいじゃない。これは僕達の罰だ、僕達が償うべき罪に値する罰だ。君が気に病む必要なんてない。これは僕達の枷、僕達の義務、僕達の刑。死ぬのは確かに苦しいけれど、生死の輪を繰り返すその先に待っているものがある。だから僕達以外の誰も気にする必要はないんだ。

 指先がだんだんと冷えていく。噴き出していた汗が、急に冷たくなっていく。耳に痛かった息の音が、だんだんとリズムを落としていく。辺りが暗くなっていく。
 自分の全部が無くなった後その存在を証明するものは、記憶とシーツに染みこんだ涙だけ。