PROSERPINA

歩く男

 伸ばした手は届かなかった。

 閃光に眩んで届かなかった。

 天空に昼間でも浮かぶ星が3つに増えて久しく経つ。大地は干からびた。風は乾きを増した。ぎらぎらと照りつける銀色のひかりが男の背を焼いている。
 砂礫を踏みしめる裸足の裏に滲む血が、地に転々と跡を残していた。
 男は一人だった。大勢いた仲間がどこに消えてしまったかは定かではなかった。男が一人きりになってから、もう随分と経っていた。
 果てしなく続く荒野には草地が少なく、風が吹き荒れる度に砂が口の中へ進入する。唾を吐きたかった。だが咥内は干からびており、男は水を求めて砂を噛んだまま歩き続けていた。
 人に遭うこともなく、獣に遭うことも稀だった。男は死の世界にいた。食料と言えば砂地を這う虫、僅かに残った緑。荒野は途切れることなく続く。はたしてこの世界に一人残されているのではと考える。
 孤島で女神が死に、大魔王と巨人が現れた。その身を鞘とする魔法剣の力により男は救われたが、星の守護神同士の戦いに巻き込まれた仲間、友たちの行方は知れなかった。気づけば男は海中に身を落とし、渦巻く海流を必死に泳ぎきって岸に辿り着いていた。

 辿り着いた大地が、枯れ始めているとも知らずに。

 人影を見ることもない、果てしない行軍に心は疲弊していく。男はまだ世界が、この星は死に絶えてはいないと希望に縋った。しかし荒野は地獄の如く、男はどこまでも独りきり。師もおらず、友もおらず、守りたいと願った人さえいない。
 ある少女との約束である証が顔についていれば、と男は思った。もしくは師がいれば。そうすれば匂いを追って人里に行けるやも知れぬと。けれど証はない。彼の護りの誓いはない。
 男は健脚を誇っていた。だが今はいつ折れるのか分からぬほど萎えた足を引きずっていた。それでも倒れることはしなかった。未だ男の足を支えていたのは信念だった。

 強く生きたい。

 友に語った信念が、目に見えぬ杖と化して男を支えていた。
 前に歩むことはやめなかった。目指す場所は決まっている。仲間と共に旅をしていた時と同じ場所に男は進んでいた。
 大地はまだ滅んでいない。足裏から感じる大地の息吹はまだ死に絶えていない。それが分かっているのだから、希望は潰えなかった。希望がある限り、杖は失われなかった。
 杖を突いて歩を進める。その度に男は、今はいない少年に向かい叫びを上げていた。彼の言葉を思い出しては声を出さずに吼えていた。
 少年は言った。仲間が信じ続ける限り立ち上がれるのだと。信じるという行為は、ただそれだけで力になるのだと。

 ティトォ、ティトォ、お前は正しい。
 お前も、アクアも、プリセラも、皆今はいないけれど、それでも俺に力を与えてくれる。
 俺は信じている。
 皆が生きていると。
 大地は死んでいないのだと。
 大地の守り神はまだどこかで、きっときっと、生きているのだと。
 皆もきっと、俺が生きていると信じている。

 だから俺は歩み続けられるのだ。

 一際強い風が男の背を押した。砂塵の向こう、蜃気楼の彼方に浮かぶ街は幻覚ではない。幾多の気配が男をここまで呼び寄せた。そうだ、男の為すべき事はまだ終わっていない。まだ始まったばかりでけして終わってはいない。

「……メモリアへ」

 守り神たちの第二の故郷へ、なんとしても向かわねばならなかった。

 男は足を持っていた。杖を持っていた。体重は傾いで前のめりだった。
 ただ歩き続けた。止まらなかった。止まれば足は萎えて崩れていた。立てなくなることを何よりも恐れて男は進んだ。

 御風が真に為すべき事を知るのは、いくらも経たないうちだった。