蒼穹機竜ファフナー:ビヨンド第1話「見知らぬ再会」
【これまでのあらすじ】
時は西暦2156年! 遠隔操縦小型ロボット〈ファフナー〉は爆発的に普及、今や世界中の子供達が遊ぶ人気バトルホビーと化していた! 小学生のお小遣いでも購入可能なスターターキット、多種多様なカスタムパーツ、バトルフィールドの普及。そしてプロリーグの発足、高額の賞金が設定された世界大会の開催――だが6年前、その頂点に君臨していた伝説のパイロットは突如表舞台から姿を消した。
彼の名は真壁一騎。白銀の機体、マークザインを駆る世界最強のパイロット。
そして世界の裏側を知る一人でもある。
総士の住んでいる島は、本土から遠く離れた離島だ。光回線が引かれていないから通信はモバイルネットワーク頼み、流行り物は一年遅れ。とにかく情報がやってくるのが遅い。が、島民たちは皆のんびりした気質で、そんな不便さは気にもしていない。イライラしているのは総士くらいだ。
しかも――しかもだ――この島は数少ない、条例でファフナーの操縦が禁止されている地域なのだ!
テレビで生まれて初めてファフナーの世界大会を見たときのときめきを、総士はよく覚えている。明るく輝く光の元、巨大化した二機のロボットがスタジアム内を縦横無尽に駆け巡り、時には鍔迫り合い鎬を削る、あの圧倒的な高揚感! ひと目見て虜になってしまったのに、悲しいかな、島に建設されている宇宙探査用のパラボラアンテナに干渉するとかでファフナーの操縦はおろか、所持すら禁じられているのだ。
入荷されないので売られていない。通販しようにも住所制限されて購入できない。島の子供たちはあんなかっこいいロボットを自分の思考で遠隔操縦できるっていうのに、一切興味を持たないようで野山を駆けずり回っている。
試合の放送を見るだけでも両親と妹はいい顔をしない。すぐにテレビのチャンネルを変えてしまう。決まって貰う小言は、「あんな野蛮なおもちゃで遊ぶもんじゃありません」だ。親友のマリスも「来年高校生だろ」と呆れて取り合ってくれない。こんなにファフナーを遊びたくてたまらないのはこの島で自分ただ一人きりなのだと気づいた時、総士は絶望した。
ファフナーバトルはホビー競技の最高峰だ。機体をどうカスタムするか、そしてその機体をどう操るのか。機体だけでも勝てないし、プレイヤースキルだけでも勝てない。プロは機体と己自身両方を鍛え、眩しいスタジアムで持てる力をぶつけ合う。真剣勝負なのだ。運動競技と一切変わらない。
それにたとえプロのレベルに達しなくても、かっこいいロボットを思うがままに操縦できるという点はこの上なく魅力的だ。そしてそれこそが、子供たちがファフナーバトルを楽しむ理由だ。
(中学校を卒業したら、本土に進学する!)
総士は一段飛ばしで小道の階段を駆け下りながら、学生鞄の中の進路希望調査票に想いを馳せた。かわいい妹の乙姫と、ファフナーのことさえなければ優しい両親。彼らから離れるのは辛く寂しいが、自分のやりたいことをやりたいようにやる。それが総士の望みだった。
早く記入済の表を家族に見せて説得しなければならない。
勢いよく走っていたのだが、小道の脇からぬっと現れた影が道を塞いだ。影、と思ったのは、その男が春だというのに黒いロングコートを着込んでいたからである。総士は激突寸前で急制動をかけ、思わずたたらを踏んだ。
「ちょっと、危ないでしょ……」
声を張り上げかけ、はっと息を呑む。まじまじと眼前の男を見つめる。優しげな面立ちをした二十代ほどの男は、柔らかく微笑んで総士を見返した。
見覚えがあった。雑誌やテレビで何度も目にしている。真壁一騎――かつてファフナーバトル世界大会チャンピオンだった人物。それが今、こんな辺鄙な田舎に訪れているなんて。
「あ……あなたは……!」
「……大きくなったな、総士」
ともすればどきりとするほどかわいらしく笑む彼から名を呼ばれ、総士は目を見開いた。
「な、なんで僕の名前を……」
「ずっとお前を探していた」
「僕を? 探して……?」
「お前に渡すものがある」
一騎が右手に下げていたアタッシュケースを差し出した。
「もしお前が島の外に出て、世界の真実を知りたいのなら、これが力になる」
「世界の、真実……?」
一体何を言っているんだろう。反射的に受け取ってしまった総士は、おそるおそる地面にケースを置いた。一騎の言っていることは何一つわからないが、好奇心は抑えきれない。この退屈で平穏な日常に別れを告げるのはまだ一年以上先の話だと思っていたのに、もしかしたら今日この日、このケースを開けた瞬間に変わってしまうのでは……?
心臓が高鳴る。鍵はかかっていなかった。留め金を外し、ゆっくりと蓋を開ける。
果たして現れたのは、羽根の生えた暗紫色のファフナーが一機と、十個の指輪状インターフェースだった。
生まれて初めて目にする、本物のファフナー。
総士の知るどんな型にも当てはまらない。空戦用なのだろうか? 総士は一騎を仰ぎ見た。
「こ、これを……? 僕に……?」
「お前が望むのなら。これはお前が生まれる以前から、ずっとお前のものだ」
甘美な言葉ばかり告げてくる。総士は生唾を呑んで、ファフナーに触れかけ――思いとどまり、その手を固く握りしめた。
「あなたは……あなたはなんなんだ?」
誘惑を振り払い蓋を閉じる。元通り留め金をかけ、総士はケースを突き返した。
「僕はあなたに会ったこともない、話したこともない。なのになんで僕を知ってるんだ? それに、真実ってなんの話だ」
「それは……」
一騎は何事か言いかけたが、眉間に皺を寄せて背後を振り返った。西日の差す狭い路地にひとり、ふたり、人影が増える。島の住人だ。顔見知りのおじいさんおばあさん。
「マカベ……」
「マカベカズキ……」
「ミールの申し子……」
感情がそっくり抜け落ちた、不気味な声。ぞっとするほど無表情な顔。総士は理由もわからず慄き、咄嗟に一騎の影へと隠れた。
冷たい指が総士の手を取る。
「ここは場所が悪い。海側に出る」
「えっ?」
言うや否や、一騎は総士を米俵めいて担ぎ上げると、猛烈な速度で階段を駆け下り始めた。
「ぐっ……!?」
住人の横をすり抜ける。伸ばされた腕はコートに掠りもしない。あっという間に姿が小さくなる。一分もかからず、二人は堤防前に辿り着いた。
「ちょっ、な、なに……」
乱暴な速度だったのにあまり揺れなかったのは一体どういう運動神経をしているのだ。地面に降ろされ、またケースを押し付けられた総士は文句をつけようとして遮られた。
「お前に真実を見せる。ファフナーを受け取るかどうかは、その後に決めてもいい」
「どういうこと……」
「お兄ちゃん!」
その時だ。遠くから少女が走り寄ってくる。妹の乙姫だ。
「乙姫」
「そいつから離れて! こっちに来て!」
「えっ!?」
敵意を隠しもせず、目を吊り上げている。妹の見せる剥き出しの悪意に総士は狼狽した。尋常ではない剣幕だった。
妹と一騎を交互に見比べていると、一騎はほんの僅か瞑目してから、一歩前へ進み出た。その腕が乙姫へと翳される。腕の先、指の付け根には既に指輪が嵌っていた。ニーベルングの指輪――ファフナーを操縦するためのインターフェースが。
「……っ!」
恐怖に顔を引き攣らせて乙姫が立ち止まる。
「ちょっと!」
いくら憧れのファフナーパイロットといえども、大事な妹を怖がらせるようなやつは許しておけない。腕を掴み引き下ろそうとするが、一騎はびくともしなかった。なんて馬鹿力なのだろうか。一騎は総士を一瞥すらしない。それがまた癇に障る。
彼はずっと乙姫を見据えている。そして、呟いた。
世界の終わりの宣言を。
「バトルフィールド形成」
「やめて!」
乙姫が金切り声で叫ぶ。一騎の指輪が緑色の閃光を発した。その足元から、半球状に紺色のフィールドが広がっていく。磁冠シールド。ファフナーバトルをする際、周囲を傷つけないようにするためのシールドだ。展開されたからといって、人体に影響はない。
そのはずなのに。
「あ…ああ…あぁ……!」
めり、と乙姫の小さな額から、角が生えた。赤黒い結晶の角が。
肉を割って飛び出した角を起点として、滑らかな肌に亀裂が広がる。角はますます伸び、裂けた肌の下から金色の何かが膨らんでいく。べりべりと音を立てて〈乙姫〉のペルソナが剥がれ落ちていく。
冒涜的な変貌を目の当たりにして、総士は硬直した。喉が引きつり、独りでに膝が笑い出す。
襤褸切れと化した妹の抜け殻を足蹴にして現れたのは、ひょろりとした長い四肢を持つ、金色に輝く化け物だった。
乙姫の身長の三倍はあろうか。化け物はゆっくりと右手を上げ、総士を指さした。頭部に備わった口が大きく、にちゃりと裂ける。
「オ……オニイ、チャン……」
妹の声とは似ても似つかない、低音と高音が同時に出力された声だった。
「コッチ……キテ……」
「ひっ……!」
ほんの数十秒前までこの怪物が妹であったことを受け入れるには、総士の精神は成熟していなかった。思わず後ずさると、怪物は唸り声を上げてさらに手を伸ばしてきた。
「ナイトヘーレ、開門」
それを打ち払ったのは、静謐だが力強い声だった。
言葉と同時に一騎のコートの中からライトグレーの影が飛び出す。影はそのまま化け物に激突した。化け物の姿勢がぐらりと崩れる、が、すぐに憎しみに満ちた叫びが上がった。両腕を振り回して影を落とそうとしている。
総士は正体にすぐ気づいた。中距離支援型のファフナーだ。右手に雷撃槍を装備している。繰り返し怪物に突撃しては個体防壁に跳ね返されているが、速度も頻度も衰える様子を見せない。
一騎はいつか観賞した試合と同じように、顰めっ面で怪物を睨みつけている。
「何故、総士を拐った?」
「アア…総士ハ…オ前タチノこあヲ探ス為ノ…羅針盤……」
「コアを探して、どうする気だ。同化するつもりか」
「無論……まれすぺろガ……祝福スル……」
「そんなことはさせない」
一騎の目が一瞬金色に光り輝いたように総士には思えた。怪物と同じ色に。
「グアアッ……!」
怪物の周囲を飛び回るファフナーが次第に動きを速めていく。個体防壁が勢いに負け、だんだんと薄くなっていく。
加速――加速――さらに加速――! 今やファフナーは色付きの風と化して、怪物を中心とする暴風と化していた!
「グワーッ!!!」
怪物が心胆寒からしめる邪悪な悲鳴を上げる! おお、見よ、その四肢は無惨に斬り刻まれ、赤黒の断面を曝け出していた!
一体何が起こったのか? 読者の皆さんの中にエレメントの方がおられれば、その方には目にできたはずである。真壁一騎の操る十番機改 が超次元現象 を発動し、装備したルガーランスを同化・威力を増幅せしめた上で、超高速の連撃を叩き込んだのだと!
一切の反撃を許さない、四撃合一の奥義! かつて幾度となく試合で披露した技は、怪物を相手にしてもその鋭さを失っていなかった。
怪物がコンクリートに崩れ落ちる。一騎は油断なくルガーランスを胸部に突きつけると、ようやく総士に視線を向けた。
「彼らはフェストゥム。宇宙から来た……侵略者だ」
「は?」
「人類に味方する〈ミール〉を筆頭に、人類全てを同化して無に返すのがこいつらの目的だ。普段は人間に擬態して〈ミール〉を探している。通常の手段では見分けがつかない。でもファフナーは、擬態を見破り、こいつらを無に返すための唯一の道具なんだ」
「エイリアン……擬態……?」
総士は繰り返した。ひっくり返った現実を信じられない心と、目の前の事実をありのまま受け入れろという理性が激突している。
「ファフナーの戦闘時に発生するヴェルシールドは、周辺のフェストゥムの擬態を強制解除する。世界中でファフナーが流行れば流行るほど、こいつらは居場所を無くしてミールを探せなくなる」
かちりと、パズルが嵌ったような気がした。
だからか。だからこの島ではファフナーが禁止され、持ち込まれなかったのか。しかし、それでは――この島では――
「まるでこの島が、フェストゥムしかいないみたいな……」
「お前以外、この島に人間はいない」
頭を殴られたような衝撃が走った。
そんな馬鹿な。両親も、妹も、マリスも。先生やクラスメイトも全てフェストゥムだというのか?
だが、それで辻褄が合ってしまう。
地面が世界ごとぐずぐずに揺れている。総士は思わずへたりこんだ。
「総士は返してもらう」
「グ……ウウウ……」
怪物が身をもたげる。
「ナ……何故……皆城総士ハおりじなるカラ我ラガ作リ出シタ写シ身……我ラノモノダ……」
「だが、人間だ」
押し殺された強い怒りの感情を感じた。総士の肩へ一騎が手を伸ばし、力を込める。もう二度と離さないと言わんばかりに。
「この子は人間だ。あいつの息子だ。お前たちの物じゃない」
「グウッ……」
「本当にこの子を想うなら、何故本当のことを告げて協力するよう言わなかったんだ……!」
瞬間、光り輝くルガーランスが胸部を貫通した!
「グ……グワアアーッ!!」
「つ…乙姫!」
総士は咄嗟に名を呼んだ。怪物にはどこにも妹の面影などない。それでも。
「ア……オ、おにい…ちゃん……」
化け物はボロボロと崩れ始めた。金色の光は薄れ、鈍い土塊となって。
「ごめん…ね……」
一体何に対して謝ったのか。言葉は海風に吹かれ、斜陽の中に溶けていった。
「あ……あ……!」
伸ばした手は届かなかった。
乙姫。大事な妹。生まれてからずっと一緒のはずだった。それなのに化け物で、僕を騙していた? そんなの、信じたくない。信じたくないのにどうしたらいい?
涙が溢れる。滲む視界の中、総士はきっと一騎を睨み上げた。
「あ、あんた……お前、何しに来たんだよ! 僕を、僕たちをどうする気だよ!」
「お前をこの島から出す」
一騎はいっそ冷たく告げた。
「元の場所へ戻す。お前がどうすべきかは、そこでお前自身に決めてもらう」
「か、勝手なことを……!」
「……恨んでいい。謝る気はない」
険しい顔つきのまま、一騎は総士の腕を引っ張り上げた。
「文句があるなら、後でいくらでも聞く。ファフナーバトルしたっていい」
歯噛みしていた総士は、今の今まで存在を忘れていたアタッシュケースの中身を思い出した。あの禍々しい雰囲気のファフナー。あれを使っていいと言っているのか?
「……いいだろう」
ケースの取っ手を掴んで引き寄せる。ケースの重み。これは総士の選択の重みだ。
絶対に、こいつと戦ってやる。鍛えて、鍛えて、鍛えて、この強引な男に目にものを言わせてやる……!
「……真壁一騎! お前、約束しろ! 絶対に逃げるな! 僕とファフナーバトルで勝負だ!」
人差し指を突きつけると、存外素直に元世界チャンピオンは頷いた。
「わかった」
こうして、総士は島から旅立った。
海の向こうに待ち受けるものを、今の彼は知る由もない。
だが厳しい保護者、相棒となる少女、師匠となる先達が彼を待ちわびている。
新たな出会いの先、彼は何を知り、何を決断するのか? 全ては――ファフナーバトルの中にある! 戦え、皆城総士! 戦え、マークニヒト!
次回、「乱暴な洗礼」お楽しみに!