ポニーテールとシュシュ
奥村燐という少女について、志摩はあまり多くを知らない。
祓魔塾で対悪魔薬学の講師を担当している同級生、奥村雪男の双子の姉であること。最年少で祓魔師になった対悪魔薬学の天才の姉にしてはあまり勉強はできないこと。中身の入った剣袋を肌身離さず携帯していること。身長は170センチあること。一人称は『俺』で男言葉を使っていること。性格も男勝りな上、男子用の制服を着用していること。唯一女性らしいパーツといったら、背中まである長い黒髪くらいであること。――祓魔塾に通っていない一般の同級生でも知っているようなことしか、彼女についての知識はなかった。
他にあげるとしたら、胸がわりあいに大きなことくらいだろうか。
梅雨も終わりかけた頃だ。燐は黒髪をポニーテールに纏めるようになっていた。百均で買えるような、色気のない使い古された髪ゴムが彼女のうなじをあらわにしていて、普段陽に当たらない真っ白な肌がやけに目についた。うっすらと汗ばんだ皮膚に後れ毛が張り付いていたりして、志摩は後方の席で悶々としていた。
そんなある日、同じ塾生の杜山しえみが彼女にシュシュをあげたのだ。
「燐だって女の子だもん、お洒落しようよ」と言って手早く涼し気な青藤色のシュシュを付ける間、燐は唐突すぎて固まっていたようだった。やがて硬直から脱して、似合わないだのなんだのとぼそぼそ反論していたが、真正面から「可愛いよ!」としえみに叫ばれて言葉を失っていた。顔を真っ赤にしてもじもじと狼狽える燐は――そう、まるで女の子のようだった。
志摩は勝呂や子猫丸と一緒に教室の後ろからその様子をずっと見ていた。それまでただ風変わりな人間だと感じていた燐が、初めて年頃の少女に見えた。
小さな髪飾り一つで、こうも変わるものだろうか。
それからというもの、燐はしえみから貰ったシュシュをずっと付けるようになっていた。
だから今日、祓魔塾にシュシュを付けずに燐が姿を見せたとき、志摩は一番におやっと思ったのだ。
大体いつも遅めに入ってくるのに、今日はいつもよりずっと早い。彼女は椅子に鞄を置くや否や、きょろきょろと辺りを見回し、いつも着席している机の中や教室の床などを覗き込んでいた。志摩は勝呂や子猫丸と一緒にその様子を見ていたが、気になって声をかけた。
「奥村さんどうしはったん、探し物?」
「うん」
走ってきたのか彼女の肌は汗ばんでいて、無造作にくくったポニーテールが一筋うなじにくっついていた。
「しえみにもらったシュシュ。昨日塾に行った時に一回外して、その後寮に帰ったらなかった」
「俺らは見とらんぞ。お前ほんまに探したんか?」
「鞄の中も机の中も探したけれど見つからないのにー、って奴やね」
「陽水か! 阿呆、人が真剣に探しとんのにおちょくるな」
「奥村さん、外した後にどこにしまわれました?」
探し物は失くした場所から探すものだ。場所が分かっているならあとはそれをどこにやったかで糸口が掴めるだろう。子猫丸の助け舟に燐は顔を上げたが、深くため息をつくばかりだった。
「それが思い出せなくて……」
「案外部屋に落ちとるんとちがう? ほらあるやん、脱いだ服ん中紛れとるとか」
「もう探した」
「さよですか」
アヒル口で志摩を睨んでから、燐はふらふらと自分の席に戻っていった。
その後、彼女はしえみが教室に入ってくるなりシュシュを失くした事を謝った。しえみは気にしないでと笑っていたが、燐はそう簡単に割り切れなかったらしい。授業が終わるなり鞄を引っ付かんで、「もっかい探してくる!」と飛び出して行ってしまった。
「嵐みたいなやっちゃな……」
「はあ……」
いつものごとく勝呂たちと一緒に教室を出ながら、志摩はふと思い立って高等部校舎へ続くドアに足を向けた。
「志摩?」
「すんません坊、子猫さん、俺ちょっと寄るとこできたんで遅なります」
「はあ、わかりました」
「門限までには帰れよ」
「はーい」
ひらひらと後ろ手で返事をし、志摩はドアをくぐった。
「ただいまー」
(おかえり、りん!)
18時を過ぎたとはいえ6月下旬ともなれば日は高い。照りつける強烈な西日や未だ高い気温と湿度に閉口しながら、燐は男子寮旧館に辿り着いた。それまで玄関前の小さな日陰でコンクリートにぺったりと腹をくっつけていた猫又がすぐさま飛び起きて、燐のズボンに纏わりつく。
「こら、毛が付くだろ」
ネクタイをほどきながら片手でクロの喉を撫でてやると、気持ち良さそうにぐるぐると震えて手のひらに頬を擦りつけてくる。燐は汗で張り付いたワイシャツのボタンを苦労して外しながら声をかけた。
「留守番ご苦労さん。飯まで遊びに行ってこいよ」
(ほんと?)
「お日様が沈む頃にはできてるから戻ってくんだぞ。今日は梅肉と胡瓜とささみの素麺です」
(ささみ!? ささみすきだ! やったー)
「あっこら、雪男が怒るからそこで爪研ぎすんなって言ってるだろ!」
寮の大きな木製の扉をばりばりと豪快に引っ掻くと、クロはぴゅんと風のように飛び出していった。寮に傷を付けるとフェレス卿から嫌味を言われるから、クロにちゃんと注意してよね、と弟に言われたばかりだったのに。まあ、やってしまったものは仕方ない。雪男に見つかったらクロと二人で謝ろう。
鞄と剣を背負い直して階段に向かいかけ、燐はふと足を止めた。
今日は対悪魔薬学の授業がなかったので、塾で雪男と会ってはいない。放課後は冷房のかかった図書館で学校の課題と予習/復習をやってくると雪男からのメールにあった。帰ってくるのは19時過ぎになるとも。
広々とした旧館は、今燐一人きりだ。
「……うん、まあ、訪ねてくるような奴もいねえよな」
方向転換すると、燐は一階にある寮監用の浴室へと向かった。
太陽が地平線に沈みかけて消えそうになる頃、志摩は男子寮旧館を訪れていた。
開けっ放しの大扉をくぐり、双子の部屋番号を思い出しながら階段を登る。候補生試験だった合宿の際に聞き出したのだ。
(602、602)
老朽化してところどころ罅割れた廊下を進むと、『602号室』と銘打ったプレートがかかっているドアが見えてくる。迷わなかったことにほっとしながら、志摩はそのドアをノックした。
「奥村さーん? 俺や、志摩ですー。おる?」
何回か叩くが反応がない。はてと首を傾げ、ノブを回す。鍵は掛かっていなかった。無用心やなあと独りごち、そうっと開けて中を覗く。が、探し人の姿はどこにもなかった。
「あれ?」
上がり口の三和土にも靴は見当たらない。あれだけ急いでいたのだ、部屋を引っかき回して失くし物を探しているとばかり思っていたのだが、予想は外れたらしい。ドアを閉め、靴も脱いで部屋の奥を覗いてみるがやはり燐の姿は見えなかった。
「なんや、入れ違いか。どこ行ってはるんやろ」
頭を掻きながら志摩は踵を返した。靴を履いてドアを開ける。
途端、少女の真っ白な裸身が目の前に出現した。
少し湿った髪の毛がまろみのある肌に沿って流れ、前につんと張り出した豊かな乳房に纏わりついている。黒髪と白い肌とのコントラスト差が、隠しきれていない桜色を強調していた。髪からうっすらと垂れた透明な雫が胸の先に溜まり、ぽたりと床に落ちて行く。
志摩はその様を凝視していた。視線は無意識に、ゆっくりと上昇していく。
大きな青い目が丸くなって6センチ上の志摩を見上げているのに気づいたのは次の瞬間だった。
「……ぎゃああああああああああ!!?」
「ぶっ!?」
全力で閉められた扉が志摩の鼻を直撃する。涙目になりながら志摩は鼻を押さえ悶絶した。声も出ないほどの痛みだ、もしかしたら折れてるかもしれない。鼻血も出てるかも。三和土でのたうち回りながら、しかし与えられた奇蹟に胸中では絶叫していた。
(生乳……!)
なんというTo LOVEるか。しかも巨乳、ロケットおっぱいだった。AVでもついぞお目にかかったことのない美乳だ。夜のオカズにしてくださいと言わんばかりのけしからん挑発ボディだった。
対して、色気もへったくれもない悲鳴を上げた燐は全裸のまま部屋の外でしゃがみこんでいた。
そう、全裸だった。下着も何も付けていない。辛うじて髪を拭くのに使用していたスポーツタオルを片手に掴んでいるくらいだ。首からかけておけばまだ壁になったかもしれないが――あとの祭りだ。
(み……っられた……!)
耳まで熱くなっているのが自分でもわかる。扉に頭をゴンとぶつけながら立ち上がり、燐は赤面したまま腰にタオルを巻いた。胸を腕で隠し、ゆっくり深呼吸しながらドアノブに手をかける。そっと回すと、ドアの隙間から顔を出した。
志摩は床に蹲り顔面を押さえている。ぷるぷると羞恥に身を焦がしながら、燐はようよう声を振り絞った。
「……見た?」
「み……見えへんかった」
「見たんだろ!」
「いや、下までは見いひんかったって!」
「見たんじゃん!」
くぐもった志摩の声に半分泣き声を被せ、燐は恥ずかしさで涙目になりつつ着られるものを考えた。
ワイシャツも下着もズボンも洗濯機の中に放りこんでしまっている。ちょうど明日から休日なのでズボンも洗濯しようと考えてしまったのだ。洗濯機まで取りに行けないこともないが、おそらくは湿ってしまっているだろう。それに、雪男以外の人間がいる寮を全裸で歩く気にもなれなかった。
ちっと短く舌打ちして、燐は志摩に尋ねた。
「おい志摩、お前一人か」
「うん、一人一人。坊や子猫さんはおらへんよ」
「そ、そうか……」
燐はあからさまにほっとため息をついた。エロ魔人の志摩に裸を見られるのは最凶に嫌だが、もし燐のカッコイイ奴ランキング上位の勝呂と子猫丸に見られたら立ち直れないところだったからだ。
とりあえず安心して、燐はいつもの調子を取り戻そうと横柄に声をかけた。
「よし、志摩とりあえずそこどけ」
「ええー……」
「なんで嫌がんだよ! いいからそこどけ! 入らんないだろ!」
「えっ……ええっ、入ってくるん!?」
「喜ぶなああああ!」
志摩はなんだか変に喜んでいる。やっぱカッコ悪りィの、と吐き捨て、燐は自分の尻尾をさっと振り返った。
百歩譲って裸はまだいい。だが、尻尾はどんな形だろうが隠さなくてはならなかった。
燐はドアの隙間からにゅっと腕を入れると、入り口にほど近い雪男のベッドを指した。
「お前俺に背向けてベッド見てろ。こっち向いたらコロス」
「え、ほんまに入ってくるの? ええの?」
「……っ俺と雪男の部屋なんだから俺がどうしようと勝手だろ! いいからお前あっち向いてろ! 早く!」
へどもどしながら志摩が鼻を抑えつつ移動する。志摩の視界が完全に燐をシャットアウトする角度になるまで監視して、燐はようやくドアの隙間からそろりと部屋へ入った。
室内履きを三和土で脱いで木の床に裸足をつける。ぺたりと立った音に志摩の肩が揺れた。見えない分聴覚に神経を集中しているらしい。燐は油断せず胸を隠しながら後退し、自分のベッドに辿り着いた。志摩が振り返ったらすぐにわかるよう身体は彼に向けたまま、膝をつき片手でベッド下の引き出しを引く。
(この際下着は……後回しでもいいや。とりあえず尻尾隠さねえと、)
寮で寝間着替わりにしている雪男のお下がりのTシャツは丈が短すぎて股下が心もとない。ショートパンツもあるが下着を履かねばならないし、なにより尻尾は隠せない。志摩相手に着替えに時間をかけたくはなかった。となると、丈が長くて一発で上下揃う服に限定される。
迷った挙げ句に燐が引き出しの奥から取り出したのは、ユ●クロのブラワンピだった。
「志摩……てめえ絶対こっち見んなよ……」
「えー……」
「何残念そうな声出してんだ!」
白黒ボーダーのワンピースを胸に抱え、とりあえず一息つく。これで身体の前面を覆う盾は手に入ったわけだ。あとは着替えるだけなのだが――着替えの最中は無防備になる瞬間だ。志摩なら一瞬の隙を突いて覗き見するくらいのことならしそうな気がする。もう一度入口まで戻って、部屋の外で着替えるべきだろうか。それとも志摩に外に出てもらうか。うん、そっちの方が良さそうだ。
考えが固まり志摩に指示を出そうとした、その時だ。
「ちょっと姉さん、大声なんか出して誰かと喧嘩でもしてる……」
燐の弟、雪男が入ってくるなり部屋を見回して固まった。
重い沈黙が三者の間に落ちる。数秒の後にフリーズは解け、再起動がかかった。
雪男はまず、姉に目をやった。服を抱きしめて蹲っている半裸の姉だ。
次に、教え子でもあり同級生でもある軽薄なピンク頭を見やった。蒼褪めたタレ目野郎だ。脂汗をかきながら雪男に半笑いで口元を歪ませている。
雪男は眼鏡のつるを押し上げた。
「……のなら叱ろうかと思ってたんだけど。うん。志摩くん、とりあえず虚無界堕ちてみようか」
腰のホルダーから拳銃を取り出して雪男がさわやかに安全装置を解除する。もちろん初弾は薬室に装填済だ。
「待て雪男! お姉ちゃんはお前が人殺しになるとこなんて見たくないぞ!」
「先生待ってください! 不可抗力なんです! 悪気はなかったんですー!」
「犯罪者は皆そう言うんですよ。いいからとっとと後ろを向いて両手を首の後ろで組んで跪け」
「先生お人変わってはりますよ!?」
「……っていうか、お前ら出てけー! 着替えらんないだろ!」
我に返った燐が猫のように毛を逆立てて威嚇する。志摩の後頭部に銃口を押し付けていた雪男ははっと眼鏡のレンズを光らせると、慌てて志摩を立ち上がらせ部屋の外へと誘導していった。もちろん、銃は突きつけたままだ。
男がいなくなった部屋で燐は深くため息を吐くと、もう一つの引き出しからようやくショーツを取り出すことができた。
志摩は床に正座、燐は雪男のすぐ横で正座。
雪男は一人だけ椅子に座り、「で、」と切り出した。
「まず質問なんだけど、なんで姉さんはそんなかっこだったのかな」
眼鏡は不思議なパワーで白く光っている。燐は弟の不機嫌をひしひしと感じながらも、素直に頭を下げた。
「うう……ごめん、帰ってきて汗だくだったから気持ち悪くてシャワー浴びて……めんどくさかったし、寮に一人きりだったし、まっぱで部屋まで着替え取りに行けばいいかなーって……」
「だから前から言ってるでしょう、はしたない格好でうろうろしない」
「はい……ごめんなさい」
しょぼんとして燐が反省する。流石に今回は堪えたようだ。
雪男は再び眼鏡のつるを押し上げると、幾分か冷たい声になって言った。
「で、志摩くんは何故ここにいるんですか」
志摩は初めて見る燐の女性らしい装いに目を奪われていたようだった。脂下がっただらしない顔が燐の細い肩や胸元、ふくらはぎに釘付けになっている。
雪男の氷点下の声音が殺気を伴ってナイフのように突き刺さる。するとようやっと正気に戻ったのか、志摩は焦った顔で言い訳をし始めた。
「いえ、他意はなかったんですよ!? 大事な用で奥村さんいるかな思てお邪魔したんですけどおらんかったから探しに行こうとしたら、偶然というか幸運というか」
「つまり、見たんですね?」
「……み、見てません!」
氷点下が絶対零度に変わる。雪男の右手に握られた拳銃がゆっくりと上がっていくのに気づき、燐が慌てて声を張り上げた。
「――俺の話はもういいって! てかそれより志摩、お前俺になんの用だったんだよ」
「ああそうそう、忘れるとこやったわ。奥村さんの捜し物のことでな、話があったんよ」
「え」
燐がきょとんとする。雪男は眉を顰め、「ああ、シュシュが無くなったって言ってたね」と呟いた。
「シュシュ、事務課の落し物リストに入ってへんかなあと思ったんよ。掃除のおばちゃんが見つけたら事務課に持ってくさかいな。駄目もとで訊いてみたらあったんやけど、本人でないと渡せへんていうし。早いとこ知らせとこう思て押しかけてもうたんよ。俺が女の子やったら代わりに受け取れたかもしれんけど、堪忍な」
「そ……んなことねえよ! ありがとな志摩!」
燐がたちまち喜色満面になり、ぱっと頬を染めて笑う。うわあかわええなあ、こりゃ口説かなあかんなあと志摩はでれでれと頬を掻いた。
「ええよー、でもどうせお礼してもらうなら今度一緒にデート行き、へぐぅっ」
「志摩くん、暑い中どうもありがとうございました。用が済んだのなら早く新館の方に戻らないと門限破りで罰されますよ」
「こら雪男! 仮にも教え子を蹴んな馬鹿!」
理不尽に横から蹴飛ばされた志摩をあわあわと燐が助け起こす。くせっ毛の黒髪は殆ど乾いて、シャンプーのいい香りを志摩は至近距離で嗅いだ。女の子の匂いだった。
燐の胸はD以上あるだろう。手足はすらりと伸びて美しいし、顔だって悪くない。ワンピースだってすごく似合うし、少しわかりにくいけれど性格だって優しい子だ。
もったいないな、と志摩は思った。
ちゃんと女の子の格好をして、ちゃんと女の子の仕草をして、ちゃんと女の子の生活をすればいいのに。無理に男の格好なんかしないでも生きていけてるはずなのに、なんでこの子は男になりたいんやろう。
そこまで考えて、へらりと志摩は笑った。自分の一番得意な笑い方をした。
誤魔化した。
「ええよ奥村さん。女の子の部屋に勝手に入った自分が悪いんやし」
「全くです」
「シュシュ見つけてもらったし、おあいこでいいよ。それよりさ、飯食ってくか? お礼代わりで申し訳ないけど」
「え、奥村さん作るん? ご馳走なってもええのん?」
「飯は大人数の方が楽しいんだぜ、知らねえの」
可愛らしい八重歯を剥き出しにして、燐は笑って立ち上がった。志摩の笑みとは違う、裏表なんて関係ない眩しすぎる笑顔だった。
志摩にはできない笑い方だった。
「姉さん、手伝おうか」
「えー……じゃあ素麺の茹で時間見てて」
「それ僕じゃなくてもできるんじゃないの」
「だってお前に刃物持たせたくねえもん、危なっかしい」
双子の姉と弟は笑い合って部屋を出ていこうとしている。姉は室内履き用のサンダルをつっかけてドアを開けた。その背後で弟が志摩を振り返る。
「志摩くん、」
ごくごく小さな、それは囁きだった。
「覚悟がないのなら、姉には金輪際近づかないでくださいね」
燐は気づかない。
一足先に扉をくぐって廊下に飛び出し、くるんと回って弟を呼んでいる。
雪男は志摩の笑顔の秘密に気づいている。燐はまだ気づいていない。
でも、もしかしたら――彼女が志摩を「カッコ悪りィ」と評するその理由が、直感によるものだったとしたら。
この双子は恐ろしいことに、どちらも感づいているのかもしれない。
「はーい、奥村先生」
志摩はまた、感情を一つ飲み込んで、笑った。