吼えろ天狼星

 なんてことだ!

 昌浩は心の中だけで叫んだ。本当は星々が燦然と輝く快晴の夜空へと投げつけたかったが、時刻は丑。家々が立ち並ぶ左京で叫べるはずもない。だから彼は天を仰ぎ、一番明るく天を照らしている星をぎっと睨んだ。

 ――なんてことだ!

 ばたばたと通りを抜け、自分の邸へと門をくぐる。庭を突っ切り、両の沓を片手にひっかけ、簀子によじ登る。夜半だというのに乱暴に妻戸を開けると土の付いた沓を部屋に放りこみ、これまた乱暴に戸を閉め鍵をかけた。
 部屋の中で己の荒い息の音が耳につく。昌浩はずるずると座りこみ、火照った顔を両手で覆った。途端気にも留めなかったことが一気に気になってくる。
 門を開ける音は両親の耳にも届いただろう。妻戸を開け閉めする音だって静かな夜には響く。挙句に沓を庇に放るとは。誰かが起きだして様子を見にくるかもしれない。

 例えば、彰子とかが。

 深呼吸し、昌浩は顔を上げた。神将達の気配は感じられない。彰子が起きだしているような気配もない。両親とじい様はわからないけれど。
 のろのろと手を伸ばし、板の上に転がった沓を片方引き寄せる。外に出て土を払わなければならない。でももし今外に出たら、

 彼と鉢合わせてしまうかもしれない。

 ぎゅっと目を瞑り、冷たい床に仰向けに転がった。腕で強く目頭を押さえる。そうしなければ、溢れだすものを堪えておくことができそうになかった。

 なんてことだ。

 きゅうと唇を引き結び、しょんぼりと肩を落としているだろう神将を想う。酷い拒絶をして走り去ってしまった自分のところに、果たして紅蓮は帰ってきてくれるのだろうか。
 好きだと言われて、口付けされて、彼の頬をはたいて逃げてしまった。きっと彼は落ちこんでいる。とてつもなく強い決心をして打ち明けたのだろうに、自分がしたのはあまりに酷すぎる仕打ちだ。嫌われたってしょうがない。

 でもびっくりしたのだ。
 唇を塞がれて、それでも厭じゃなかった自分自身にびっくりしたのだ。
 今だってそうだ。心臓の鼓動がいつまでたっても大人しくならない。これは驚いたせいじゃない。あの時確かにどこかで喜びを感じていた、心が静まってくれないのだ。
 沓にぎりりと力をこめる。昌浩はがばりと身を起こすと、力一杯振りかぶり、妻戸にそれを勢いよく投げつけた。

「……どうしてくれるんだ!!」