悋気

 最近、物の怪がおかしい。
 以前はそれほどでもなかったのに、やけに膝の上に乗りたがる。肩に乗ってくるのはいつものことだが、歩いている途中で足にまとわりついたりもしてくるので、うっかりしていると転びそうになる。寝るときも決まって寝具の中にもぐりこんでくるし、やたらくっつきたがっているようにしか思えない。
 この前など、久しぶりに家に寄った長兄が昌浩の頭を撫でようとしたらいきなり割り込んできた。直前まで床の上にいたはずなのに、だ。昌浩の両肩に足を乗せて、後ろから覆い被さるように頭を乗っけて、物の怪はむっつりと撫でられていた。
 もちろん成親はすぐに腕を引き戻していたが、なんだかその笑顔は強ばっていた。直後にそそくさと帰ってしまおうとするので昌浩は非常に残念がったのだが、なんだかんだと理由を付けて逃げられてしまった。

 そんなこんなで、数日前から魚の糞がひっつきっぱなしなのである。

 暗視の術をかけ、昌浩は簀子で星見をしていた。太股には物の怪の白い顎がちんまりと乗っている。星図をあぐらの上に広げていたら構わずに乗ってこようとしたので、さすがに怒ったらこうなったのだ。
 奇行が始まってしばらくしてから「なんか悪いものでも食べた?」と訊いてみたりもしたが、物の怪は理由を一切答えない。しょうがないので昌浩は物の怪の好きにさせていたのだが、いい加減鬱陶しい。
 それに、本当は、原因に心当たりがないわけではなかった。
 奇行はある夜から始まったのだから。

 昌浩はため息をついた。どうも勉強に身が入りそうにない。諦めてがさがさと星図をたたむと、物の怪がひょんと片耳を上げて見上げた。

「寝るのか?」
「うん」

 立ち上がると物の怪がとことこと後をついてくる。妻戸をくぐって灯りを落としたままの室内に入ると、後ろで物の怪が扉を閉めた。なんとなくその一挙手一投足が気になったが、昌浩はその衝動を振り払うように狩衣を脱ぎ捨てた。
 単衣だけになって衣をたたんでいると、寄ってきた物の怪が口を挟んでくる。

「毎日毎日やってんのに、こっちは手習いと違ってなんで上達しないのかねえ」
「……どうも、すみませんねえ」

 不器用ながら狩袴もたたみ終えると、物の怪は口うるさい姑のようにぶちぶちと、やれ皺になるだの下手くそだのとけなしていた。――こういう会話自体はいつもの通りだ。
 またため息が出た。髪留めを解いて衣の上に放り投げ、そのまま寝具に潜り込む。と、その昌浩の袖が引き留められた。

「お前なあ、寝る前に髪くらいとかせっつの」
「えー」

 めんどくさかったので口を尖らせると、物の怪は袖をくわえたまま後ろにずりずりと後ずさった。

「成人男子の身だしなみだ、身だしなみ」
「俺、もう眠いんだけど……」
「――まったく」

 物の怪の鼻先に皺が寄る、かと思うと赤い光が迸った。
 一瞬にして物の怪姿から転じた紅蓮が、昌浩の腕を取る。久しぶりに現れた紅蓮にちょっとびっくりして昌浩が黙っていると、引っ張られて起こされた。

「じゃあ俺がやってやる」

 あぐらをかいた紅蓮の足の間に無理矢理座らせれて、昌浩は髪をとかされていた。紅蓮の手つきは昌浩が自分でやるよりもずっと丁寧で、頭皮を引っ張ることもない。
 最初こそじっとしていたものの、次第に居心地が悪くなってくる。そわそわと肩が揺れだして、少し経った頃だった。耳のすぐ後ろで、低い声が囁く。

「意識してるのか?」
「ばっ……」

 振り向こうとして身を捩った、まさにその瞬間にうなじにぱっくりと噛みつかれ、昌浩は悲鳴を上げた。意思とは関係なくぞくりと肌が泡立つ。熱い舌が急所を舐め上げる感触が、たとえようもなく気持ちよかった。
 数日前だったら、同じことをされてもきっと何も感じなかっただろう。
 喉から切れ切れの喘ぎが落ちる。その間に、紅蓮は片手で昌浩の両手首をまとめて戒めていた。もう身動きもとれず刺激を甘受するしかなく、逃げることはできない。
 紅蓮は昌浩の尖った背骨に唇を落としながら、袷に手を差し入れた。

「やっ……」

 昌浩の肩が跳ねて、振り向いた。薄い涙の膜が大きな瞳を包んでいる。期待と怯えが半々に混じっていた。その色を読みとって、わざとゆっくり、紅蓮は言ってやった。

「どうするかは、もうわかってるだろう?」

 ぐっと昌浩が黙りこくる。紅潮したその頬が、真実を示唆していた。
 単衣に入れた手で胸をさすると、昌浩の瞼がぎゅっと閉ざされる。紅蓮は優しくこめかみに口づけを落としてやりながら、その仕草とは逆に意地悪く責めた。

「二回目だからな。変則でいくぞ」
「……な、なに……?」
「前とはちょっと違う感じでいく」
「どういう意味……う、あ」

 胸の先端を摘まれて、昌浩が息を詰めた。初めての晩の時は嫌がるばかりだったのに、今夜は違う反応だった。

 そう、二回目だった。体を重ねるのは。

 首筋を吸いながら指を動かしていると、昌浩が力を抜いて体を預けてくる。試しに手首を捕まえていた手を離すと、彼の両手はだらんと落ちて抵抗を見せなかった。安堵しながら、紅蓮は空いた片手を下肢に伸ばした。

「ん……っ!」]

 昌浩の背筋が雷に打たれたようにぴんと反り返った。少年特有の細い太股を手のひらで撫でさすり、意図を持って付け根ぎりぎりに触れると細い腰が跳ねる。立てていた筈の膝はゆっくりと崩れ、左右に倒れていく。力の抜けた腕が紅蓮の手を掴もうと躍起になるが、震えて話にならなかった。柔らかい場所に触れそうで触れない、微妙な境界をさまよう指にじれ、昌浩はようよう文句を絞り出した。

「そこばっか…さわんなっ…」
「どこならいいんだ?」

 間髪入れず聞き返されるが、口で言えるわけがない。顔を真っ赤にしながら、昌浩はやっと掴んだ紅蓮の右手を、最も触ってほしい場所に押しつけた。
 紅蓮がにやりと笑う。

「そんなはしたない奴に育てた覚えはないぞ」
「あ、あ、あっ」

 甘い悲鳴が上がった。とっくに立ち上がっていた幼い花芯は敏感で、すぐに透明な液体が単衣に染みを作る。
 赤ん坊の頃から見守った子どもの痴態に、紅蓮の加虐心が反応した。達しないように加減しながら、まだいじっていた胸の飾りに力を入れてやると面白いようにびくびくと腰が跳ねる。

「ここでも感じるようにがんばろうな、」

 後ろから囁くが、昌浩の耳には届いていないようだった。
 昌浩の体は想像していたよりもずっと快楽に素直にできていた。まだ幼いせいかもしれない。けれど回数を重ねれば、より淫らに反応を返してこれるようになるだろう。その為にも、体の隅々まで触れておきたかった。
 苦しげに呼吸を重ねる昌浩の肌は鮮やかに色づいている。限界が近いようだ。一度いかせてやるか、と思案して、紅蓮は手の力を強めた。

「ほら、一回いけ」
「―――っ」

 ぽろりと、瞼から涙がこぼれる。短い痙攣が二度三度続き、やがて弛緩した。荒い呼吸が闇に満たされた室内に響く。それが収まるのを十分に待ってから、紅蓮は昌浩の帯を解いた。

「………?」

 ぼんやりとした視線が紅蓮に向く。その額にちゅっと接吻してから、紅蓮は人型をとった。

「ぐれん……?」
「少し待ってろ」

 そう言って立ち上がると、彼は少し離れたところに立ててあった灯台から、灯の落ちている燈明皿を外して帰ってくる。くったりと茵に横たわったまま、昌浩はその様子を眺めていた。

 油で塗れた指が秘所に侵入する。気持ち悪さに呻いて、昌浩は寝具の袿を力一杯握りしめた。それに気づいて、紅蓮が声をかけてくる。

「そのうち慣れるから我慢してろ」
「嘘だ……こんなん、ぜったい、慣れな……」

 涙声で反論する間にも、長い人差し指は円を描いて昌浩の中をかき回している。必死に息を詰めていると、今度は中指も一緒に入ってきた。もう指先だけではない。付け根まで収まって、粘膜を擦り上げている。
 気持ちよくは、ない。ないが、どうしようもなく息が上がってくるのを意思では止められなかった。
 仰向けになったまま後孔に与えられる刺激に耐えていると、ようやくずるりと指が引き抜かれた。ほっとするものの、すぐにこれから起こることを悟って顔が熱くなる。
 ここに紅蓮が入ってくるのだ。
 数日前に生まれて初めて経験した行為が脳裏に蘇り、腹の奥が疼いた。あの時は紅蓮はこんな意地悪ではなくって、もっとゆっくり、優しく、丁寧で、昌浩の意を汲みながら動いてくれたから、入れられてもあんまり痛くはなかった。
 なのにどうして、今日は前と違うんだろう。

「ぐれん……」

 ぐしゃぐしゃの声で呼ぶと、大きな手が昌浩の体を抱き起こした。向かい合わせで膝の上に乗せられる。目線が近づいた。まだ暗視の術が効いているせいで、紅蓮の眼差しがよく見える。
 薄茶に変化している瞳。人型を取っているからだ。
 無性に金の瞳が恋しくなって、涙が零れる。

「それ、やだ」
「……それ?」
「元戻って、ぐれん」

 幼児のように舌足らずな調子に紅蓮は目を見張ったが、言われるまま、人型を解いた。

 濃朱の髪と、金の瞳が帰ってくる。
 昌浩の大好きな色が。

「うぅ……」

 たまらなくなって、昌浩が紅蓮の首に抱きついた。すぐさまきつく抱き返される。その拍子に二人のものが擦れあって、昌浩は甘い声を上げた。
 昌浩の知らない間に大きくなっていた紅蓮の陰茎が、ほぐされたばかりの秘所をつつく。

「入れるぞ」
「……この、まま?」
「そうだ」

 抱き合ったままで。
 紅蓮が昌浩の腰を持ち上げる。ほとんど力の入らない四肢で、昌浩もそれに協力する。紅蓮自身が油でまみれた孔に触れ、ゆっくりと埋まった。
 二人同じように呼吸を乱しながら、その先に進む。
 無事に根本まで収まる頃には、昌浩は息も絶え絶えであった。
 びっしょりとかいた汗を紅蓮の指が拭う。紅蓮の肩にぐったりと頭をもたせかけて、昌浩は荒く呼気を吐き出していた。
 しばらくの間、紅蓮はそうして昌浩が落ち着くのを待っていた。

「……動くぞ」
「……ん」

 馴らしたとはいえ昌浩の内部は狭かった。大きく上下に動かすことはできず、ゆるゆると腰を回す。昌浩は眉を寄せて嬌声を噛み殺した。
 やがて締め付けが弛んでくる。と、紅蓮は昌浩の腰を持ち上げて、じわじわと抽挿を始めた。体の奥に叩きつけられる衝撃が、だんだんと重さを増していく。水音と、肌がぶつかる淫媚な音も大きさを増し、同時に昌浩の呼吸もまた荒くなっていった。

「ああっ……おおきっ、やだあ…ぐれん」

 水から揚げられたばかりの魚のように、細い腰がびくびくと跳ね、くねった。粘膜に包まれた紅蓮自身も、蠕動と締め付けで上り詰めていく。突如強烈な背徳感が紅蓮を襲った。だが、それすらも火に油を注ぐだけにすぎず、この行為をやめようという気はこれっぽっちも起こらなかった。
 細い体を何十回と突かれ、とうとう喘ぎ喘ぎ、昌浩が叫ぶ。

「――だめっ、あ、やだ、いっちゃ、う、」
「いいぞ、出せ」
「ぐ…れんっ……」

 昌浩が自分から紅蓮に口付けた。首にしっかりと腕を回し、常の彼からは信じられないような淫らさで、最初の晩に紅蓮に教えられた通りに舌を出して絡ませる。
 紅蓮も応じて舌を吸いながら、昌浩が最も悦ぶ場所めがけて突いてやる。腰から背骨を通して強烈な痺れが駆け抜け、頭蓋の奥で閃光とともに弾けた。同時に腹の間で昌浩の未熟な花芯が白濁を撒き散らす。
 数拍遅れてから、熱い液体が少年の最奥に放たれた。

◆◇◆◇◆

「最近ずっとくっついてたのって、やきもち?」

 一つの袿にくるまって抱き合いながらとろとろと微睡んでいると、昌浩の眠たげな囁きが紅蓮の耳に届いた。途端一気に覚醒して、眠気などどこかに行ってしまう。紅蓮はぎくりとしながら、そっぽを向いた。

「――悪いか」
「別に、悪くはないけどさあ……」

 腕の中の小さな体が距離を縮めて抱きついてくる。心臓の音が直接響き合い、輪唱を奏でた。

「――俺だって、ほんとはじい様や十二神将の前でも紅蓮の姿に戻ってほしくないんだよ」
「え」

 紅蓮はがばっと身を起こし、昌浩の肩を揺すぶった。

「ま、昌浩、もう一回言ってくれ。後生だから」
「ねむいから、あとでー……」

 そう言ったきり、寝息ばかりが返事になる。

「おい、ちょっ……昌浩!? 起きろこの……ああ、もういい」
 結局、この後いくら抓っても揺すぶっても昌浩は起きなかった。

 こうして眠りに落ちた昌浩の隣、同じ袿にくるまりながら、紅蓮はまんじりともせずに夜明けを迎えることになる。
 もちろん、朝目覚めた昌浩は自分が口走った言葉を覚えてはいなかったので、物の怪はその日一日晴明の孫にくっついていたという。