紅蓮の目の前を、小さな頭がとことこと通り過ぎてゆく。
部屋の隅でうずくまっている紅蓮は顕現したいのをぐっと堪えて、何かを探すようにうろうろしている昌浩を見守っていた。
昌浩は几帳をめくって向こうを覗いたり、衝立の陰になっているところを探るようにしていた。精一杯腕を伸ばして左右に振っても、空しく空気をかき混ぜるだけで、昌浩の探し物は見つからないようだった。そのうちまだ三歳になったばかりの昌浩は歩き回って疲れてしまったのか、やがて部屋の真ん中にぺたりと座りこむと、大きな瞳に涙を溜めてべそをかき始めた。
「れーん……」
昌浩は大きくしゃくりあげながら、もう見ることも声を聴くことも、感じることもできなくなってしまった相手の名を呼んだ。だがいくら呼んでも、天をつくほど大きな影は現れない。昌浩を軽々と持ち上げてあやしてくれた、大好きな人はもう二度と現れなかった。
「うー……」
昼の最中で、遊び相手になってくれる兄達はいない。半刻以上昌浩はひとりぼっちで泣いて、泣いて泣き疲れて、紅蓮の目の前で横になって眠ってしまった。
赤く腫れた目蓋が痛々しい。紅蓮はそっと立ち上がると、時々鼻を鳴らして眠る子どもの傍にゆっくりと膝をついた。意識のない昌浩の泣き濡れた頬に指を伸ばす。涙を拭き取ると、子どもはあたたかい手のひらに擦り寄るように、無意識に紅蓮の指を握った。
「すまないな……」
眠ってしまった昌浩に、もう聴こえないと知りつつ紅蓮は謝った。着袴の日にその力の全てを封じられた子どもに。
もうこの子どもの目の前に顕現することはできない。紅蓮は隠形したままで、いつか来るその日までを過ごす。この子どもが大きくなる頃には、きっと紅蓮は物心つく前の彼の記憶から消えてしまうだろう。忘れられてしまう、だがそれでもよかった。紅蓮は決めたのだ、この子どもを護ると。
袿を取って眠ったままの昌浩をくるんで抱えながら、その小さな小指に、紅蓮は自らのそれを絡めた。
ずっと傍にいる。
いつでも近くにいる。