小柄な子供が築地塀を大儀そうによじ登っていく。六合は後ろでそれを見守りつつ、毎回のことながら手助けしてやるべきかどうか思案した。なぜなら六合が子供を抱えて乗り越えたほうが早いのだ。しかし子供も一応男であるので、礼を言いつつ少し不機嫌になるのは間違いない。さらに子供の肩に乗っている白い物の怪がじとりとした眼差しを向けてくることも容易に想像できた。試してみたことはないが、おそらく六合の想像通りに事は進むだろう。物の怪の本性である騰蛇の怒りを受けることはできるならば避けたいし、何より子供の機嫌を損ねることは六合の本意ではない。と六合が逡巡している間に子供は築地塀を登りきり、土御門大路にひょいと降り立った。僅かに遅れて六合も乗り越える。子供は物の怪となにやらしばらくの間話しこんでいたが、やがて右京に行こうということで合意したらしい。
ふと子供が顔を上げ、隠形していて見えないはずの六合に視線を止めた。その晴明に並ぶ見鬼の才に内心舌を巻きつつ、なんだ、と問えば、子供は屈託のない笑みを向けてきた。
「六合、今日もよろしくな!」
思わず頭をなでたくなるようなかわいらしさである。
だが少し視線をずらせば、半眼で見上げてくる物の怪が視界に入ってくる。が、その姿で凄まれても怖くもなんともない。
子供は物の怪から六合への一方的な確執など全く気づかないのか、後ろ髪を揺らして歩き出した。六合はその小さな背を追いながら、物の怪にばれないようにあの頭をなでるにはどうすればいいか、少し悩み始めた。