いきなり押し倒されて、昌浩は間抜けな悲鳴をあげてしまった。
「うわあ」
ぽかんと見上げた先には、単衣姿の昌浩の手首を茵に縫いつけている張本人が固い顔で凝視している。その表情から何か切実なものを感じ、口をつぐんで金の瞳を見返せば、紅蓮はなぜかぎょっと目を見開き視線をそらした。だが手首を解放することはしてくれない。
(……俺、なんかしたっけ)
そもそも紅蓮は何がしたいのだろう。
はて、と直前までの記憶をひっぱりだしながら考えこむ。
たわいもない話をしていたはずだ。最近は夜冷えこむようになってきたがもっくんがあったかいから平気、だとか。さらに冷えるようになっても紅蓮にひっついていれば安眠できそうだ、だとか。それらの何かが気に障ってしまって、それで彼は怒っているのだろうか。
紅蓮は視線を合わせてくれない。いよいよ困り果て、昌浩は紅蓮を呼んだ。
「……ねえってば」
ちらりと、金の視線が昌浩を射抜く。だがすぐにそれは外されて、むっとした昌浩は足で紅蓮を蹴った。
「紅蓮」
強い呼びかけにようやく紅蓮の瞳が向く。昌浩はため息をつき、顎で手首を指した。
「いつまでこうしてるつもり?」
「あ、ああ……」
『今気がついた』と言わんばかりにはっと息を呑むと、紅蓮はぎくしゃくとした動きで戒めを解いた。ひょいと上体を起こし、昌浩は顔をしかめつつ手首を振った。そうしている間にも、ちらちらと昌浩の様子を伺う紅蓮が視界の端に映る。気になって昌浩がじっと彼を眺めると、紅蓮は口を開いてはまた閉じるということを何回かくりかえしていた。やがて紅蓮はきっと昌浩を見据え、意を決したように背筋を正し、叫んだ。
「お前が!」
「俺が?」
「まぎらわしいことを言うからだ!」
「……は?」
ぱっと赤い光がほとばしり、一瞬で白い物の怪が現れる。物の怪はぷりぷりと肩を怒らせると、寝具の袿の下にもぐりこんですぐに丸くなってしまった。昌浩はというと、突然わけのわからないことを言われて呆然としている。が、時間が経つにつれてだんだんと目を据わらせていった。
「……何それ」
低く唸るや否やがばりと袿をめくり、白い尻尾をむんずと掴む。驚いた物の怪は茵に爪を立て、力任せに引きずり出されるのをなんとか阻止した。しかしそれに腹を立てたのか、昌浩が怒鳴る。
「ちゃんと説明しろ! 何がまぎらわしいんだよ!」
「まぎらわしかったらまぎらわしかったんだ!!」
「だからどこが!!」
「お前に言ってもわからん!」
「ならわかるように言え!」
「そ、れは……っ、無理だ!」
「なんで!」
「無理だからだ!」
ぎゃーぎゃーと言い合いを始めた二人が、何事かと様子を見に来た彰子に仲裁されるのはしばらく後の話。