『煙る白炎』ボツシーン

 外ではしんしんと雪が降り積もっている。
 火桶の炭がはぜる音が響く。

 厚手の袿を羽織って上体を起こした昌浩は、先ほど送られてきた文を読んでいた。本当ならばちゃんと茵に横になっていなければならないところを、無理をいって起きているのだ。
 病に罹りやすくなった身体は今も軽い風邪をひいていて、傍らに控えている玄武と太陰はずっと気を揉みっぱなしだった。はらはらと見守る彼らの本音は、文など捨て置いて早く病状を良くしろ、という一点にすぎない。しかし無理矢理寝かせつけようとすると、以前の主より頑固なところのあるこの主は、決して言うことを聞かないのだ。
 背を丸め、こんこんと口元を覆いながら咳をする。だがその視線は変わらず、神経質そうに綴られた文字を追っている。最後の一文字まで読みきって、昌浩はくすくすと笑いながら文をたたんだ。

「安倍昌浩虚弱説、とうとう本当になってしまったなあ」

 笑う声もその表情も明るさに満ちている。
 なのになぜか直視することができなくて、玄武も太陰も痛みをこらえるように顔を伏せた。太陰の小さな指が、己の腰布をぎゅっと握りしめる。それを見つけ、昌浩は苦笑した。
 袿を羽織り直しながら彼女に手を伸ばすと、その握りこぶしへそっと手のひらを重ねる。いたわるようにさすり、彼は太陰の顔を覗きこんだ。

「……そんなに辛気臭い顔をするなよ」

 途端、太陰の表情がくしゃりと歪む。ひとつ、ふたつ、大きな瞳から雫が零れ、ぼろぼろと堰を切ったように涙を流しながら、彼女は大きくしゃくりあげた。

「せ、晴明が死んじゃって、まだっ、いくらもたって、ないのにっ……」
「うん、」
「なんで……っ」

 それ以上は言葉にならず、太陰は唇を噛みしめた。けれど涙は止まらない。
 昌浩は優しく微笑んだまま、そんな彼女の小さな頭をよしよしとなでた。

「俺はじい様が鬼籍に入ったのが、とても昔のことのように思えるけどね」

 袿の袂で太陰の涙を拭う。
 玄武は黙ってその光景を眺めながら、厭な声音だ、と心の中だけで呟いた。

 厭な声音だ。
 彼は晴明の死を哀しんでいない。
 彼は天命を受け入れている。

 自分の天命すらも。

 じっと眉間に皺を寄せて黙りこんでいると、昌浩は玄武にもにこりとした笑みを向けた。子供っぽい悪戯気な笑みで、彼のほうにも手を伸ばす。

「太陰ばかりかまっていたら不公平だな」

 子供の姿をした神将ふたりを引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。頭をなでる手のひらはどこまでも優しくあたたかい。
 彼の胸に顔をうずめて息を深く吸うと、肺一杯に彼の匂いが立ちこめる。
 その中に病の匂いを見つけ、玄武は目を閉じた。
 胸の奥がずきずきと痛む、厭な匂いだった。