「クリスマスだ!!」
ばんっ、とこたつの天板に両手を叩きつけ、紅蓮は吼えた。がしゃんと天板の上の皿とフォークが揺れる。
同じこたつに入った安部家の三姉弟は、隣の家に住む幼馴染の奇行を黙って眺めた。長女の勾陳が紅蓮をじっと見つめたのはほんの数秒。くるりと首を回した勾陳は長男の昌浩に向き直ると、昌浩シャンパンとグラスを取ってきてくれ、と幼馴染に向けていた無表情とは打って変わった笑顔で頼みごとをした。
「うん、わかった……」
有無を言わさない勾陳の笑顔に押され、昌浩は素直に立ち上がる。少し離れた冷蔵庫にぱたぱたと駆けてゆく昌浩の後姿をちらりと見送って、紅蓮は再び勾陳を真っ直ぐ見据えた。そしてもう一度、ゆっくりと噛み締めるように紡ぐ。
「クリスマスだ」
勾陳は目を合わさない。末の弟の玄武はそんな空気を全く無視し、ケーキの箱を開け、続いて皿とフォークをそれぞれの席の前に並べた。台所の方からは昌浩がグラスを取り出す音が聞こえてくる。その音を聞きながら、紅蓮は拳を握り締めた。
「クリスマスは恋人同士の聖なる夜だ。カップルが二人きりでいちゃいちゃしていてもどこからも誰からも咎められない」
よいしょと勾陳が玄武の両耳を塞ぐ。玄武は大人しく目を閉じて、怒りに燃える紅蓮を視界から排除した。
「俺と昌浩とて二人きりで街に繰り出していちゃいちゃする権利があるはずだ。それをなんだ、お前は! 昌浩の姉だというだけで邪魔をして例年通りのクリスマスを行うとは無粋にも程がある!!」
「それのどこが無粋だと?」
「想いが通じて初めてのクリスマスなんだぞ! お前は女だというのに浪漫というものをちっとも理解していない!」
「その発言は性差別ととってもいいか?」
「話をすりかえるな!」
耳を塞がれているとはいえ至近距離で話されては筒抜けだ。玄武は心の裡だけで突っこんだ。
騰蛇よ、お前が人並み以上にロマンティストなだけではないのか?
そうこうしているうちに、昌浩がお盆にシャンパンとグラスを二つ乗せて戻ってくる。頬が赤らんでいるところをみると、どうやら彼にも二人の会話は届いていたらしい。天板の上に手早くグラスとシャンパンを移動させると、彼は空になったお盆で紅蓮の頭を軽く叩いた。
だが紅蓮は全く気にせず箱の中を覗き込むと、ホールではなく様々な種類の揃ったケーキの中から、モンブランを取り出して自分の取り皿に乗せた。三姉弟も無言のまま、示し合わせたようにそれぞれが好きなケーキを取る。生クリームの沢山使われたケーキを食べると気持ちが悪くなるというので、この家ではホールケーキをやめているのだ。
勾陳はチョコがふんだんに使われたケーキを選んで口に運びながら、じろりと紅蓮を睨んだ。
「こんな聖夜とは名ばかりの夜にうちの大事な弟を連れ出されてたまるものか。どうせいかがわしい場所に連れて行って、いかがわしいことをするに決まっている」
「そっ…そんなわけがあるか!」
「ならどこへ行くつもりだったんだ」
尋ねられ、紅蓮は顔を真っ赤にした。どもりながら「そ、それはその」と言って固まったかと思うと、誤魔化すようにばくばくとモンブランをかっ食らい始める。図体の大きい男が恥らう姿に、勾陳と玄武はそろって『うわー、キショイなー』と思ったが、昌浩はというとなんだか犬や猫でも見るような眼差しで紅蓮を暖かく見守っている。愛しくて愛しくてしようがないといった様子だ。横目でそれを確認し、勾陳はため息をついた。
重症なのは騰蛇ばかりかと思っていたが、どうやらこの弟も、かなり重症なようである。